【日本語で解説】Jeans方程式の導出とその応用

投稿日:  更新日:2022/09/02

物理学 力学

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無衝突Boltzmann方程式(collisionless Boltzmann equation)とは, あるポテンシャル下で運動する, 恒星系(必ずしもそれに限らないが)の位相空間(r,v)上の分布関数f(r,v)の時間発展を与える式である. Jeans方程式(Jeans equation)とは, 無衝突Boltzmann方程式を速度空間で平均化した方程式である. ここでは, 無衝突Boltzmann方程式について紹介し, 無衝突Boltzmann方程式からJeans方程式を導く.

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恒星系の分布関数

「恒星系の分布関数」fとは, 一般には以下のように定義される.

  • f(r,v,t)d3rd3v:ある時刻tにおいて, 位相空間のある位置(r,v)における微小体積要素d3rd3vにおける存在確率

これを用いると, ある時刻tにおいて, 空間位置rにおける数密度n(r,t)

(1)n(r,t)=f(r,v,t)d3v

と書ける. また, 各方向の平均速度viは,

(2)vi=1nvifd3v

と書ける.

無衝突Boltzmann方程式

  • 無衝突系(collisionless):位相空間の各位置において, 恒星が新たに生まれたりあるいは死んだりして数が変化せず, また恒星同士が衝突しない

無衝突系であれば, 恒星系の分布関数は位相空間における連続の式に従う:

(3)ft+i=13(fx˙i)xi+i=13(fv˙i)vi=0.

ここで,

  • x˙i=vixiは互いに独立
  • 運動方程式よりv˙ixiだけの関数

であるから, 式(3)より

(4)ft+vf+v˙fv=0

となり, 運動方程式

(5)dvdt=Φ

より

(6)ft+vfΦfv=0

となる(無衝突Boltzmann方程式(collisionless Boltzmann equation)).

Jeans方程式

速度空間上での積分

(6)の両辺を速度空間上で積分する. 各項計算すると, 第1項は

(7)ftd3v=tfd3v=nt

となり, 第2項は

vifxid3v=(fvi)xid3v=xifvid3v(8)=(nvi)xi

となる. 最後の項は,

  • Φvには依存しないこと
  • vで十分速くf0になること

を利用すれば, Gaussの発散定理より表面項のみが残り,

(9)Φxifvid3v=vi(fΦxi)d3v=0

となる. 以上から,

(10)nt+i=13(nvi)xi=0

となる.

viのモーメントをかけて積分

(6)viのモーメントをかけて積分する. 各項計算すると, 第1項は

(11)vjftd3v=(fvj)td3v=tfvjd3v=(nvj)t

となり, 第2項は

vivjfxid3v=(fvivj)xid3v=xifvivjd3v(12)=(nvivj)xi

となる. 最後の項は,

  • Φvには依存しないこと
  • vで十分速くf0になること
  • vj/vi=δij

を利用すれば,

vjΦxifvid3v=Φxivjfvid3v=Φxi((fvj)vifvjvi)d3v=Φxinδij(13)=nΦxj

となる. 以上から,

(14)(nvj)t+i=13(nvivj)xi+nΦxj=0,

つまり

(15)ntvj+nvjt+i=13(nvivj)xi+nΦxj=0,

Jeans方程式

(10), (15)からn/tを消去すれば,

(16)vji=13(nvi)xi+nvjt+i=13(nvivj)xi+nΦxj=0

となる. 速度分散σij

(17)σij2=(vivi)(vjvj)=vivjvivj

のように導入すれば, 整理することで

(18)nvjt+i=13nvivjxi=nΦxji=13(nσij2)xi

を得る(Jeans方程式(Jeans equation)).

球対称Jeans方程式

球対称Jeans方程式(微分形)

ここでは, 球対称なJeans方程式を考えていく.

(6)を球座標で記述すると,

(19)ft+vrfr+vθrfθ+vϕrsinθfϕ+v˙rfvr+v˙θfvθ+v˙ϕfvϕ=0

となる. ここで, 座標微分と速度成分の関係は

(20){vr=r˙,vθ=rθ˙,vϕ=rsinθϕ˙

であり, また速度成分の微分は

(21){v˙r=vθ2+vϕ2rdΦdr,v˙θ=vϕ2cotθvrvθr,v˙ϕ=vϕvr+vϕvθcotθr

となることに注意せよ(Φrにしか依存しないと仮定している).

(19)をそのまま速度空間上で積分する. 式(19)をそのまま速度空間上で積分した結果は,

  • vで十分速くf0になること

を利用すれば,

(22)nt+(nvr)r+1r(nvθ)θ+1rsinθ(nvϕ)ϕ+n2vrr+nvθcotθr=0

となる.

(19)vrをかけて, 速度空間上で積分する. 式(22)を考慮すれば,

nvrt+n(vrvrr+vθrvrθ+vϕrsinθvrϕ)+(nσrr2)r+1r(nσrθ2)θ+1rsinθ(nσrϕ2)ϕ+nr{2σrr2(σθθ2+σϕϕ2+vθ2+vϕ2)+σrθ2cotθ}(23)=ndΦdr

となる.

(23)に, さまざまな仮定を加えていく.

  • 分布関数の球面対称性を仮定する.
  • 定常状態を考え, /t=0
  • 平均からの差を考え, vr=vθ=vϕ=0
  • 視線速度と接線速度には特に相関関係はなく, σrθ2=σrϕ2=0
  • σrr2=σr2, σθθ2=σθ2, σϕϕ2=σϕ2と書く

これらを用いれば,

(24)d(nσr2)dr+nr(2σr2σθ2σϕ2)=ndΦdr(25)1nd(nσr2)dr+2σr2σθ2σϕ2r=dΦdr

となる. 異方性パラメータβ

(26)β=1σθ2+σϕ22σr2

とすれば,

(27)1n(r)d(n(r)σr2(r))dr+2β(r)σr2(r)r=dΦ(r)dr

を得る. 式(27)を, 球面対称性を仮定したJeans方程式という.

球対称Jeans方程式(積分形)

(27)n(r)σr2(r)に関する非同次1階線形微分方程式である. まず同次方程式

(28)d(n(r)σr2(r))dr+2βani(r)rn(r)σr2(r)=0

を考えると, その解は

(29)n(r)σr2(r)=Cexp[rdr2βani(r)r]=Cexp[rdr2βani(r)r]

となる(C:任意定数). 次に, 非同次方程式

(30)d(n(r)σr2(r))dr+2βani(r)rn(r)σr2(r)=n(r)dΦ(r)dr

を考えるために, 式(29)の任意定数Cを関数C(r)に置き換える(定数変化法). 式(29)の任意定数Cを関数C(r)に置き換えたものを式(30)に代入すると,

(31)dC(r)dr=n(r)dΦ(r)drexp[rdr2βani(r)r]

となり, これを積分すると

C(r)=rdrn(r)dΦ(r)drexp[rdr2βani(r)r](32)=rdrn(r)dΦ(r)drexp[rdr2βani(r)r]

となる. ゆえに, 非同次方程式(30)の解は

n(r)σr2(r)=rdrn(r)dΦ(r)drexp[rdr2βani(r)r]exp[rdr2βani(r)r]=rdrn(r)dΦ(r)drexp[rrdr2βani(r)r]=rdrn(r)dΦ(r)drexp[rrdr2βani(r)r](33)=rdrn(r)dΦ(r)drexp[rrdr2βani(r)r]

となる. したがって, 結果としてJeans方程式の積分形

(34)σr2(r)=1n(r)rdrn(r)dΦ(r)drexp[rrdr2βani(r)r]

が得られる.

このような表式であれば, 速度分散σr2の分布から右辺の重力場Φ(r)を求めることができることが, より明示的になる.

ビリアル定理

Jeans方程式をさらに座標空間でモーメント積分をとることによって, 位置によらないその恒星系の大局的な力学関係を調べることができる.

テンソルビリアル定理

(14)の両辺にmxkをかけて(m:恒星の典型的な質量, これをかけてn(r)を質量密度ρ(r)にする)空間全体で積分すると,

(35)xkρvjtd3x+xki=13xi(ρvivj)d3x+ρxkΦxjd3x=0

が得られる. 以下では, xρ0の場合を考える. 式(35)の第2項は,

xki=13xi(ρvivj)d3x=(i=13xi(ρvivjxk)i=13ρvivjxkxi)d3x(36)=ρvjvkd3x

となる. ゆえに,

  • Kjk運動エネルギーテンソル
  • (37)Kjk=12ρvjvkd3x
  • Wjkポテンシャルエネルギーテンソル
  • (38)Wjk=ρxkΦxjd3x

を用いると, 式(35)

(39)xkρvjtd3x=2Kjk+Wjk

と書ける. 式(39)の右辺はijの入れ替えに関して対称である*1から, ijを入れ替えたものとの和をとって2で割ると,

12(xkρvjtd3x+xjρvktd3x)=2Kjk+Wjk,(40)12ddt(ρ(vjxk+xjvk)d3x)=2Kjk+Wjk

となる. 一方,

  • Ijk慣性モーメントテンソル
  • (41)Ijk=ρxjxkd3x

を定義すれば, 式(10)と発散定理を用いると,

dIjkdt=ddtρxjxkd3x=ρtxjxkd3x=i=13ρvixixjxkd3x=i=13(ρvixjxk)xid3x+i=13ρvi(xjxk)xid3x=i=13ρvi(xjxk)xi(42)=ρ(vjxk+xjvk)d3x

であるから,

(43)12ddtdIjkdt=2Kjk+Wjk

が成り立つ. ゆえに, 最終的には

(44)12d2Ijkdt2=2Kjk+Wjk

というテンソルビリアル定理(Tensor Virial Theorem)を表す式に帰着できる.

スカラービリアル定理

系が力学平衡にあるときは, 式(44)の左辺は0になり,

2Kjk+Wjk=0

となる. この両辺のトレースをとって,

  • K:系全体の運動エネルギー
  • (45)K=j12ρvjvjd3x
  • W:系全体のポテンシャルエネルギー
  • (46)W=jρxjΦxjd3x

を定義すれば,

(47)2K+W=0

が得られる(スカラービリアル定理(Scalar Virial Theorem)). 系の全エネルギーを

(48)E=K+W

とすると,

(49)E=K=W2

が得られる. すなわち,

  • 系からエネルギーを奪うと, 系の運動エネルギーが増える(系の「比熱」が負)
  • 系のポテンシャルエネルギーは, 系の全エネルギーの半分である

が成り立つ.

スカラービリアル半径の応用

系全体の運動エネルギーKは, 系全体の質量

(50)M=ρd3x

と系全体の平均的な速度分散

(51)v2=1Mjρvj2d3x

を定義すれば,

(52)K=12Mv2

と書けることに注意せよ. また, 系全体のポテンシャルエネルギーWは, ビリアル半径と呼ばれる半径rv

(53)1rv=1M2ρ(x)ρ(x)|xx|d3xdx

のように定義すれば,

(54)W=GM22rv=GM2rg

と書けることに注意せよ(rg重力半径(gravitational radius)と呼ばれる).

(47), (52), (54)より,

(55)v2=GMrg

と書ける. ゆえに, 系全体の平均的な速度分散v2と重力半径rgが観測からわかれば, 系全体の質量Mを求めることができる.

重力半径rgには曖昧さが残るが, 典型的には「質量の半分が入っている半径」(射影はされていない)rhとの関係がrhrgであるという経験則が知られており,

(56)v2=0.4GMrh

となるそうである. 例えば, 密度一様で半径が21/3rhとなるような*2仮想球を考えると,

(57)v2=3GM5×21/3rh=0.48GMrh

となる*3. また, 球状星団の分布をよく説明するPlummerモデル

(58)ρ(r)=34πMa2(r2+a2)5/2

を仮定する(a>0はPlummer半径と呼ばれるスケール半径)と,

(59)v2=3πGM3222/31rh0.38GMrh

となる*4.

参考文献

  1. Binney, James; Tremaine, Scott. Galactic dynamics. 2nd ed., Princeton, Princeton University Press, 2008, 885p., (Princeton series in astrophysics), ISBN 978-0-691-13026-2.
  2. Schechter, Paul. 8.902 Astrophysics II. Fall 2004. Massachusetts Institute of Technology: MIT OpenCourseWare, https://ocw.mit.edu. License: Creative Commons BY-NC-SA.
  3. 千葉柾司. 銀河考古学. 日本評論社, 2015, p.44-50, (新天文学ライブラリー, 2), ISBN 978-4-535-60741-5.
  4. 牧野淳一郎. “理論天体物理学特論I 講義資料(3回目)”. 2003-11-09. http://jun-makino.sakura.ne.jp/kougi/stellar_dynamics_2004/note3/note3-e.html, (参照 2022-05-03).

脚注

*1Wjkが対称テンソルであるというのは, 自己重力系であるということから分かる. 自己重力系であるという仮定から, 重力ポテンシャルは,

(60)Φ(x)=Gρ(x)|xx|d3x,

となり, その勾配は

(61)xΦ(x)=Gρ(x)(xx)|xx|3d3x

となる. これを用いて, Wjk

(62)Wjk=Gρ(x)ρ(x)xk(xjxj)|xx|3d3xd3x

となる. 積分変数xxを入れ替えたものを加えて2で割ると,

Wjk=12(Gρ(x)ρ(x)xk(xjxj)|xx|3d3xd3x+Gρ(x)ρ(x)xk(xjxj)|xx|3d3xd3x)(63)=12Gρ(x)ρ(x)(xjxj)(xkxk)|xx|3d3xd3x

となり, Wjkが対称テンソルであることが分かる. 以降の議論においては, この系が自己重力系であることを仮定していることに注意せよ.

*2rhが「質量の半分が入っている半径」となるように定めた.

*3:密度一様な球内での重力ポテンシャルは

(64)Φ(r)=2πGρ3r224/3πGρrh

となるから, Wを計算すると

W=021/3rhρrdΦ(r)dr4πr2dr=16π2Gρ23021/3rhr4dr=16π2Gρ225/3rh515(65)=3GM25×21/3rh

となる.

*4:Plummerモデルに従う恒星系が作り出す重力ポテンシャルは,

(66)Φ(r)=GMr2+a2

となるから, Wを計算すると

W=0aρ(r)rdΦ(r)dr4πr2dr(67)=3πGM232a

となる. また, 半径r以内の質量M(r)

(68)M(r)=Mr3(r2+a2)3/2

であるから, 「質量の半分が入っている半径」rhaの関係は

(69)a=22/31r

となる. ゆえに

(70)W=3πGM23222/31r

のように計算できる.